大学生の美里は、『人と入れ替わることができる口紅』によって、理沙子という女性に姿を入れ替えられてしまった。
曰く、『人と入れ替わることができる口紅』というのは、使用者が自身の唇に付着させた上で任意の相手とキスをすると、その相手と身体を入れ替えられるというもの。
それを理沙子に悪用され、美里は自分の姿や立場を奪われたのである。
そんな美里は入れ替わった後、ウミガメのスープの話をする時だけは笑顔を絶やさないでいた。
それは一体なぜか?
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簡易解説
美里は理沙子と入れ替わる前から、ウェブサイト上でウミガメのスープを楽しんでいた。
理沙子の姿になって誰からも『自分は美里である』と認識されない孤独に陥っていく中で、そのウェブサイトの中だけでは以前と同じ自分のままでいられるため、笑顔を絶やさなかった。
詳述
ページの読み込みが終わると、プログラムが私を出迎えてくれる。おかえりなさいと私を呼ぶ名前は、正真正銘『みさと』のまま。
出題するページに足を運べば、サイトのみんなは『みさとさん』を歓迎してくれる。
こんな当然のことなのに、目の当たりにすると何度でも冷たい涙が落ちる。
ああ。これは嘘じゃない。勘違いでも思い込みでも、私の方がおかしくなったわけでもない。
私は他でもない、有坂 美里だ。
先生も友達も親友も、お父さんやお母さんにすら、『私』だと、美里だと気づいてもらえず、見捨てられて孤独でいても、この空間でだけなら、私は『私』のままでいられるんだ。
ページを一旦閉じ、Twitterを開くと、もうみんな待ち合わせ場所についているみたいだとわかる。
初めてのオフ会。その待ち合わせだ。本当の私の姿を知る者がいないからこそ、私はついにネットの世界をも出て、また『美里』でいられることができる。
駅に入ろうとすると、後ろから声をかけられた。
目つきの悪い二人組。蓮見 理沙子さんですか、とそっけなく尋ねられる。
違う。
その慟哭を殺して、静かに頷く。ああ、せめてオフ会には参加したかったな。
私は『謂れのない』『蓮見 理沙子』の罪を償うために、その二人組に連行されていった。
拘置所って、スマホ使えるんだっけ。
すでに何もかもに絶望しきった後だと思い込んでいた私は、再び涙を流す。もうあのサイトにはしばらくログインできないかもしれない。
私はもう今、奪われていくところだった。
有坂 美里としての最後の砦を。
孤独を守る最後の砦が、失われていく。
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「うーん、みさとさん遅いですねぇ」
「何か事故に巻き込まれていたりしないでしょうか…?連絡もないし…。」
「ひょっとしたら、今頃は警察にでも捕まっちゃったのかもしれませんね〜!」
「え」
「なんて、冗談です!」
「またまた〜、みさこさん縁起でもないですよ〜」
周りに嗜められ、『有坂 美里』は無邪気に笑うのだった。
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全体評価で良質部門
うつま[☆2023良いお年を]>>
読めば読むほど引き込まれます。前の問題からの流れで希望が生まれたかと思いきや絶望に叩き込む非情さ。素晴らしいイヤミスを読ませてもらいました